入学式の間じゅう、黒沢歩は落ち着かなかった。
どうも自分が自分でないような気がする。

歩はそっととなりの様子を窺ってみた。
出席番号順に着席した左どなりは、おとなしそうなタイプの女の子である。
かなり緊張した面持ちで校長先生の話を聞いている。
右どなりには、ややおてんばそうな女子生徒がいた。それなりに神妙にしつつ、右手で制服のリボンをいじっている。
と、歩の視線に気づいた彼女と目が合った。

「！っ」

歩はあわてて、前を向き直った。

わからない。こんなときは女の子どうし、どのように反応すればいいのか？（中略）歩の不安は尽きなかった。

翌日のホームルームの時間は新学期の定番、自己紹介の時間となった。
歩のクラスは１年２組、男女各およそ十数名である。（中略）

「地元の城南第二中学から来ました青木太陽です。自転車で通っています。
ボクの高校生活のモットーは『なんでも積極的に』にしたいと思いますっ！」

廊下側のいちばん前に座った出席番号１番の男子生徒が元気よく立ち上がり、ソツのない自己紹介を終えると、
２番以降もそれに続き、順番は出席番号順に着席した座席の２列目に入った。

「ぇーと、出席番号６番のぉ、北浜真理子ですぅ。趣味は手芸とぉ、
お菓子作りでーす。早くみんなとお友だちになりたいですっ。よろしくお願いしまーす！」（中略）

順番は歩のひとつ前の席へと移った。あのおとなしそうな女の子である。
歩はちょっと心配になった。

「…………栗林理素奈です。………………よろしくお願いします」

おずおずと立ち上がったその女子生徒は、か細い声で恥ずかしそうにそう言った。

（ふーん、クリバヤシリソナっていうんだ……）

歩が漠然とそう思っていると、またもや一部の男子の会話が聞こえてきた。

「えー何て言ったの？　よく聞こえないよ」

「リソナだって、変な名前……」

それを耳にして、栗林理素奈はいっそう身を固くしているようだ。

（一生懸命に自己紹介してるのに無神経な連中だなぁ）

歩はその様子に、いささか憤りを覚えた。

「はい、じゃあ次の人お願い」

島袋先生に促されて、歩は我にかえった。いよいよ自分の番である。
ガタンという椅子の音を響かせて立ち上がる。

「黒沢歩です」

一呼吸置きながら歩は先ほどの男子グループをチラッと睨んだ。

「ボクは曲がったことが嫌いです」

案の定、男子グループは定型的な反応を示した。

「おぃおぃ、なんか睨んでるゼ」

「おぉ怖っ。田中マキコ元首相みたい」

「『ボク』って言ってるし」

それを聞き流しながら、歩はハッとした。

（しまった！）

頭の中が真っ白になった。

（中略）その日の昼休み、三人は教室で机をくっつけてお弁当をいっしょに食べていた。

「ところで、みんな部活はどうするの？」

ふと満咲がそんな話題を出してきた。入学式から１週間余。
入るクラブを早くから決めていたクラスメートなどは、すでに放課後は仮入部に行ったりしている。

（中略）会話が一巡した後、歩は一瞬返答に詰まった。

「…………サッカー」

「サッカー？」

「女子サッカー部があったの。イィなー！　茨城はサッカー盛んなの？
（中略）でもこの学校はサッカー部は男子だけだよ」

「そ、そうなんだ……」

「いいじゃんいいじゃん！　リソナもそう思わない？」

「……私、歩クンが入部するなら、マネージャーする」

「ほら、みんな応援するヨ。そうだ、体育の桐沢先生に相談してみようよ」

お弁当を食べた後、３人はさっそく体育教官室を訪れた。
１年２組に体育を教えてくれている桐沢郁世先生は「爽やかなお兄さん」といった風貌である。
一部の生徒からはよく「先生、ホントに女？」などと言われているが、先生はいつも笑顔でそれをあしらっていた。

「キミたち１年２組かぁ、島袋先生やな。先生と島袋先生は昔同じ塾に通ってたこともあんねんデ」

「へぇ〜！」

しかし、事情を説明すると桐沢先生の顔が渋くなった。

「う〜ん、難しいかなぁ。ワシは賛成したいけど、ウチのサッカー部の顧問の先生は頭がカタイねん」

そう声をひそめる郁世先生。

理素奈は桐沢郁世先生の使った一人称が気になったが、声には出せなかった。（中略）

どうやら三人はしばらく下校クラブに落ち着きそうである。
しかし満咲は、桐沢郁世先生には今後もいろいろ相談できそうな気がした。

（中略）

島袋舞先生は１年２組の担任でもあるので、
六時間目の授業が終わると、そのまま下校前のショートホームルームの時間になった。
いくつかの連絡事項の中には次のようなものもあった。

「昨日の夕方、帰宅途中の女子中学生が
黒いクルマの男に連れ去られそうになるという事件が、この東山城市内であったそうです。
みなさんもじゅうぶんに注意してくださいとの警察からのお達しです」

「最近そういう事件が多いからコワイよねぇ」

「ミサキはどうしてバスケットをしようと思ったの？」

「ボク、中一まではチビだったから、バスケでもすれば背が伸びるかなぁって」（中略）

「へー、ソレって逆転の発想だよ、スゴイな！　普通は背が伸びたらバスケットできるのにって考えるとこなのに……」

「そーかなぁ。よく言うじゃん。ミニスカートをはくと足がキレイになるとか」

話しながら歩いていた歩と満咲だが、そのときふと理素奈の気配が消えたのに気づいた。
たしか後ろにいたはずなのに。

「あれ？」

（後略）