（前略）学校は再来週の体育祭に向けて、どことなく浮ついた雰囲気の中にあった。

「歩クンとミサキちゃんのリレー、きっと速そう」

昼休み、お弁当を食べる３人の話題にも、体育祭は顔を出した。（中略）

「心配だなぁ、昔みたいに速く走れるかなぁ」

「そんな年寄りみたいなセリフ……。昔速かったんなら今も大丈夫だヨ！」

不安を口にした歩を励ます満咲に、歩は言う。

「でも……今は胸が大きくなったし」

「……………………」

「……………………」

そういえば歩はけっこう胸が大きい。Ｃカップくらいだろうか。
その点では満咲も理素奈もＡカップ程度と言えた。

「あっもうこんな時間……」

気がつくと、昼休みもあと５分であった。

「私、トイレ行っとく」

「ボクも行くよ」

「あっボクも……」

教室を出かけたとき、歩はいったん引き返して、カバンから小さな巾着袋を出して持ってきた。
それを見て満咲は思った。

（そ、そうなんだ……）

順当に推察して、巾着袋の中身は生理用ナプキン以外ありえなかった。

（中略）

放課後、山城中央駅で歩と理素奈と別れた後、満咲は帰りの電車の中で考えた。

（アユはやっぱり「普通の女の子」なんだろうか、それとも……）

歩に何か事情がありそうなことは、満咲は早い時点から気付いていた。
どうも歩は普通の女の子ではないらしい。
もっと具体的に言うなら、歩は以前は男の子だったのではないか？　そんな仮説を満咲は抱いている。

（でもなぁ……）

しかし歩に関するさまざまな事柄を、満咲の持つ知識と照らし合わせると、つじつまの合わないことがどうも多いのだった。

（それに生理があるってことは…………。胸も自然に大きくなったみたいだし）

歩の身体が男の子のそれであるとしたら、これらは説明がつかなくなる。
まさかあの巾着袋が生理があるように周囲に見せるための擬装とは考えにくい。
他にも歩の肌がキレイ、というのは以前から思っていた。腕や脚のムダ毛は女の子としても少ないほうだろう。
体つきも丸みを帯びていて、フェミニンなラインなのだ。

ますます満咲はわからなくなってきた。

（中略）

６月最後の日曜日は、皆で満咲の家に集まって、期末テスト対策の勉強会をすることになった。
歩と理素奈のほか、青木太陽と北浜真理子もいっしょである。
（中略）駅まで迎えに来た満咲の先導で一行が歩くと、あたりは整然と開発された大規模住宅街で、
その一角の中層マンションのとある４ＬＤＫが満咲の家であった。

「いらっしゃい。せまいけどゆっくりしていってね。それじゃ」

「すみませーん」

「おかまいなくー」

一行がベランダに面したリビング横の満咲の部屋に落ち着くと、
お母さんらしい人が人数分のお茶とお菓子を持ってきてくれた。

「キレイなお母さんだね、ミサキ」

「…………ぅん、まぁ」

「なんかオバサンっぽくないし……」

「…………………………………………普段はもっとイイカゲンな格好してるけどね」

そのやりとりを聞きながら、理素奈はふと違和感を覚えた。

満咲が応えるまでの“間”の長さが、いつもの満咲らしくないような気がしたのだ。

はじめは満咲と歩が教え役で、勉強会は順調に進んでいた。
（中略）しかしこのような「みんなで集まって勉強会」が最後まできちんと成果をあげるケースは稀である。

「ああーお腹すいてきたぁ」

そう太陽が言うころには、誰もがリラックスモードに入っていた。

「お昼どうする？」

「そうだ、近くのおいしいベトナム料理の店がデリバリーしてくれるんだ」

満咲はとなりのリビングからメニューを持ってきた。

「へー『ベトナム料理の宅配・アジアンデリデリ』！」（中略）

いろいろ見つくろい、満咲が自室のＩＰ電話から注文すると、ほどなく料理は配達されてきた。
量は５人分としては充分だったが料金は１人あたり千円もかからないのもありがたかった。

「おいしーっ」

「やっぱりアジア人にはアジア料理よねぇ」

それぞれ太陽と真理子らしいコメントである。

「昔何かの本で読んだけど、ベトナム戦争のとき、ゲリラが強大なアメリカ軍を苦しめるほど戦えたのは、
ベトナム料理でスタミナをつけていたからなんだって」

「へぇ〜」

真偽のほどは必ずしも確実ではないものの、理素奈が読書家らしい知識を披露すると、一同は感嘆した。

「あっ、今度その話、世界史の答案用紙の最後の『おたよりコーナー』に書けば、舞ちゃん点数くれるかもヨ！」

それを受けて満咲はちゃっかりとした提案をする。
その間、歩は黙々とスタミナ補給に励んでいた。
なかなかの健啖ぶりだが、そのわりには太りにくい体質なのかもしれなかった。

（後略）