明日から期末テストとなった１学期の通常授業最終日には、
世界史の「第二次世界大戦後の世界」の学習もしめくくりに入っていた。

「何ですか、ソレ？」

なごやかにもりあがる中、島袋舞先生はそれを制して続けた。（中略）

「…………」

ここで青木太陽がおずおずと手を挙げながら苦しそうに発言した。

「スミマセン、急にお腹が……。トイレ行ってきていいですか？」

（中略）

誕生パーティの日の昼前、満咲は真理子と太陽とともに歩の家に向かった。
（中略）電車を降りた満咲たちは、歩が事前にインターネットを通じて送ってくれた地図を見ながら歩いた。

「……なぁ太陽」

「ん、どうしたサクラ？」

満咲は何か地図に不審を抱いたようだ。

「えっ、病院？」

地図をよく見ると、歩の家を示す星印はたしかに国立京都医療総合センターの敷地内にあった。
京都では京都大学病院と並ぶ大病院である。

「もしかしたら職員宿舎なのかもしれないよ」

「あっそーか」

真理子が常識的な解釈を述べたので、とりあえず二人は納得した。
はたして竹やぶを背にしたそれらしい建物の前に着いてみると、それはいわゆる公団住宅風のつくりで、
なるほど職員宿舎以外の何物でもなさそうであった。
満咲たちは最も左端の階段を３階まで上り、「黒沢」と名前の出ているドアの前でチャイムを鳴らした。

ドアが開くと、理素奈がキッチンで作っているらしい料理の匂いを含んだ室内の空気とともに歩が顔を出した。

「やぁ……」

「おじゃましまーす」

部屋に入りながら満咲は歩に尋ねた。

「今日はお家の人は？」

家族の人も在宅ならば、パーティするにもそんなには騒がしくしないのが礼儀だろう。
しかし歩の返答は満咲たちの予測の範囲にはなかった。

「じつはボク……一人暮らしなんだ」

だが真理子はもう少し無邪気な形で疑問を口にした。

「お父さんはボクが生まれる前に事故で死んじゃったんだ。
……お母さんはいろいろあって、茨城で入院したままなんだ」

「そ、そうなんだ……」

（中略）

「オキロー、オキロー、オキナイトシバクゾー！」

「う、うーん」

目覚し時計の合成音声で歩は眠りの世界から呼び戻された。
時刻は早起きと朝寝坊のビミョーな境界線の８時半。
夏休みに入って３日目、一人暮らしだと生活のリズムを維持するのもひと苦労である。

「あっそうだ、今日はみんなと約束してるんだ」

歩はトーストと牛乳で手早く朝食をとった後、身仕度をはじめた。

「この服も２年目かぁ……」

去年、大手カジュアル衣料量販店で買ったＴシャツは、女物とはいえシンプルなデザインのものである。
（中略）電車にしばらく揺られ、待ち合わせのＪＲ京都駅西口に着くと、すでに満咲と理素奈が改札の外で待っていた。（中略）

「お待たせー」

（中略）さらに５分ほどして真理子が現れた。真理子も近鉄で来たらしい。

「ごめんねー、服選ぶのに手間どっちゃって……」（中略）

しかし、こうして見ると四人四様のファッションである。

（みんな、こんなに肌を見せて恥ずかしくないのかな……）

相対的にいちばん露出の少ない歩はそう思ったが、
よくよくまわりを見渡すと、同じような服装の若い女の子のグループはたくさんいた。

「今日は太陽のやつは来ないんだっけ？」

「そうなんだ……」

満咲の問いかけは、真理子には逆に疑問に思えた。

「じゃぁ、まず伊勢丹から見てみる？」

「そうだね。高いから買わないにしても、チェックはしといたほうがいいかな」

理素奈と歩にも特に異論はなく、一同は移動をはじめた。伊勢丹はＪＲ京都駅ビルに入っている百貨店である。

「ミサキちゃんは、いつもどういうとこで服買うの？」

「うーん、おカネさえあれば組曲とかＭＫとかがいいんだけど、
実際にはソレっぽいのを平安堂の中の専門店で買うことが多いかな」

「やっぱ、そうなるよねぇ。いつもは誰と買いに行くの？」

「……お父さんかな」

「……いっしょに見てるけど」

「………………」

満咲の言うことが、どうも真理子には腑に落ちなく思えた。

その間、理素奈と歩は前を歩きながら言葉を交わしていた。
その様子は、傍目にはデート中の男の子と女の子のようにも見えなくはない。

「ねぇリソナ、お願いがあるんだけど」

「どうしたの、歩クン」

「今日はボク、スカートを買おうと思うんだけど、いっしょに選んでくれる？」

「えっ、わかった、いいわよ」

伊勢丹をひとめぐりした一同は、（中略）駅ビル名物・大階段や空中経路ではしゃいだりもした。
地下街（中略）にも足を伸ばすと、最後は駅の南側にあるショッピングビル・アバンティにやってきた。

（中略）一同がそれぞれ相応に買いこんだ後、最後は歩のスカートだった。

「黒沢さん、スカート買うの？」

「今まで制服以外持ってなかったんだろ？　どんなのがいいかな……」

「あっ、歩クン、これなんか似合うかも！」

いろいろ迷った末、歩はデニムの膝丈スカートを試着することにした。
試着室に入った歩がカーテンを開けると、３人は待ってましたとばかりに論評をはじめた。

「あっカワイイ！」

「うんうん似合ってる」

「歩クン、カッコイイ」

それを聞きながら、歩は何度も鏡を見て具合を確かめていた。

（後略）