（前略）理素奈と満咲は、自然発生的に冷戦状態に入った。

歩が来た日は、理素奈は仲むつまじく歩と寄り添っている。
そんな日は、満咲は二人に近づかず、詩諳らと行動をともにしているのである。
逆に歩美が来た日には、満咲が一日中歩美にくっついて楽しそうにしていた。
理素奈はその間、苦々しげに二人をうかがいつつ、真理子らと過ごしていた。

詩諳は、そんな状態を気に病んでいたが、それぞれの気持ちを考えると、何をどうするというわけにもいかなかった。
舞先生らも、心配しながら見守るしかなかった。（中略）

そうこうするうちに、冬休みも間近に迫ってきた。
その日、歩はわざわざ満咲のもとへやってきて言った。

来てほしい、という強いニュアンスが込められていることに、満咲の心は動いた。
この機会に理素奈と満咲が和解して、もとどおり仲よくしてほしいという、詩諳の心づかいにちがいない。

しかし、応じられない理由があった。

「えっ、そうなの……残念だな」（中略）

「ごめんね……」

じつはこの前日、満咲は歩美と、クリスマスイブの過ごし方について話していたのである。

「もうすぐクリスマスね……」

「そうだね。この時期になると、あっちこっち“クリスマスの素敵な過ごし方”みたいな情報ばっかりだよね」

「いいなぁ、私も大切な人と二人っきりで過ごしてみたいなぁ」

歩美がそう続けたのを聞いて、「クリスマスを恋人どうしで過ごさないといけないなんて風潮はコマッタもんだよ。
みんなでパーティしてたって楽しいんだし……」という言葉を、満咲はあわてて飲み込んだ。

「ボ、ボクとでよかったら、いっしょに京都駅ビルのほうにでも行こうよ。
室町小路広場に大きなツリーも立つし、コンサートも開かれるはずだよ」

大げさなくらい喜ぶ歩美に、満咲も幸せな気分になる。
現代日本のクリスマスが「異性と」の「恋愛」を強力に奨励する文化的な装置のひとつであることは、
非常に胡乱ではあるが、さりとて好きな人とともに過ごせるのなら、
それはそれで有意義なことだろうと、満咲は都合よく自分を納得させた。（中略）

「でも今年はミサちゃんのおかげで、クリスマスも憧れがかなうのね……」

歩美がニコニコとそう言うと、満咲の心もとろけそうになるのだった。

下校際、詩諳が言った。

歩からパーティの件を報告されたのだろう。

「ううん、ボクこそごめんね。詩諳ちゃんがせっかく…………」

満咲がそう言うのを受けて、詩諳はためらいがちに続けた。

「ねぇ……、『先約』って、もしかして歩美ちゃん？」

「……………………かなわないなぁ、詩諳ちゃんには」

詩諳の洞察力を、満咲は尊敬するしかなかった。

「やっぱり、そうか……」

「うん…………」

「うまくいくといいね」

「……ありがとう」

夕刻、クリスマスパーティの面々は、順次、歩の家に集まってきた。
理素奈は一足早くやってきていて、また料理に腕をふるっていた。
詩諳と祥一に続いて到着した真理子と太陽は、袋からワインを取り出してみんなに示す。

「乾杯はコレでしようゼ」

「えっ、でもお酒は二十歳になってからでないと……」

「まぁまぁ、カタイこと言わないで、乾杯くらいはイイじゃない」

「うんー…………」

渋い顔をする学級委員を真理子たちが説得しながら、パーティの準備は整っていく。

一方そのころ満咲は、歩美との約束のとおり、待ち合わせ場所のＪＲ京都駅改札前にいた。

「ぅう……寒っ」

終業式には歩が出席していたのはわかっていた。
今日は“歩”なのである。だから待っていたってきっと歩美は来ない。
でも、もしかしたら何かの拍子に歩美になる可能性もないではない。そうすれば……。
そうなったときに備えて、やはり自分はここで待っていなければならない。
そうして、歩美と二人でクリスマスを過ごしたい。満咲は寒さをこらえながら、じっとたたずむのであった。

歩の家ではパーティが始まっていた。ワイワイと盛り上がりながら、宴は楽しく進行する。

用意されたワインは、６人で分ければたいした分量ではなかったが、意外にも歩が酒には弱いらしく、一口で真っ赤になっていた。
対して理素奈は、グラスを飲み干してもケロっとしている。
他の者はそれなりにハイテンションになっていたが、詩諳だけは、グラスに少し口をつけただけで、冷静さを保っていた。

（ミサキ……、来ればよかったのに）

飲酒がもしもバレて停学処分になるときに、学級委員が二人とも含まれているのはマズいのではという心配もさることながら、
満咲のことを思うと、酔えない気分だったのである。

改札前から見下ろすＪＲ京都駅に、列車が数え切れないほど行き交っても、歩美が現れることはなかった。
満咲は身を縮ませながら、立ち続けていた。

（やっぱり無理か…………。でも、今さらクリスマスパーティに入れてなんて、言えないよなあ）

ふと詩諳の顔が浮かんだ。今の自分の、このみじめな状態を、詩諳になぐさめてもらいたい気がした。
それでも満咲はまだ、歩美がやってくる可能性をあきらめきれなかった。
と、大学生風の軽そうな男３人組が満咲に近づいてきた。

（中略）

満咲はいつしか、京都駅八条口側の地下道から地上に出て、路上をうろうろする形になっていた。
見上げた上空は、冷たく曇った夜空である。ちらちらと雪も舞い降りてきていた。
一筋、裏通りに入ったところで、満咲は声をかけられた。

「どうしたの？　浮かない顔して」

「？」

優しそうな女性の声だった。一瞬、警察関係の補導員か何かかとも思えたが、姿を見ると少しちがう雰囲気だった。
ともあれ、女性ということで満咲もつい油断した。するとその女性は、微笑を浮かべながら、こう続けた。

「気持ちが晴れやかになる健康食品があるのよ。よかったらどう？」

そうして、カラフルなキャンディのような錠剤が入ったパッケージを満咲に見せる。

満咲は慄然とした。

（それって、アブナいクスリじゃん！）

麻薬や覚醒剤の類であることは見当がついた。
自分が、そんなドラッグの売人が跳梁しているところにいることがショックに思えた。

「どう、ちょっと試してみない？」

「………………」

「あ、あの…………」

（後略）