天保山は今日も、秋の日差しの中で賑わいを見せている。

修学旅行生の嬌声に包まれてたたずむ海遊館。大観覧車が見下ろす海を行く観光船。サントリーミュージアムやホテルシーガルの建物も、柔らかな光の中、そんな港の景色を眺めている。

そして、マーメイド広場の人魚の像もまた、あの日と同じように、そこにあった。

去年、ふとこの天保山を訪れ、人魚の像になぜか心ひかれた日から、時はおもむろに巡り、季節は再び秋になった。

あれから、はや１年…。

いろいろなことがあった。

あの頃まだ定まっていなかった、私の方向性。しかしそれも、女性としての行動が普通になるにつけ、よりいっそう、女として生きていく気持ちが固まってきた。

服装や、立居振る舞いも、どこか自然なものになってきた。髪の毛も伸びて、カツラは卒業したし、ベタ塗りだった化粧も、多少は上達した。

インターネットにホームページを開設して、自らの主張を発信し始めた。“いずみちゃんナイト”への出演や、“アウロラ”への参加を通して、多くの人とも出会った。妻へのカムアウトも無事に済んだ。

…まだまだクリアすべき課題は多いけれど、それでも私は、しだいに望みに近づいているようだ。

『夢は必ず叶う』…。人間、信念を持って行動することが、やはり大切なのだろうか。少なくとも、ひとつの葛藤が終わったとき、それでも自分はそれなりにまっすぐ向いていた、と思えるスタンスを守ることは大事に思える。

だが、性別の転換には終わりはない。

１年がたち、たしかに少し落ち着いたかもしれない。おんなのことしての自信もついてきたかもしれない。

しかし、まだこれは、スタートラインだ。

人気が出なくて連載が打ち切られた少年まんがの最終回風に言えば、「戦いはまだ始まったばかりなのだ！」なのだ(^o^)。

おそらく、今後も様々なエピソードが繰り広げられ、そのたびに相応の思いを抱いていくにちがいない。

そう、これは始まりの終わりに過ぎない。

あのとき、シャッフルしていた秋のカード。今は、そこから、少しずつ、自分の“役”が生まれてきている。

これからも、私は、自分が選んだ道を歩んでいく。

ひとりの、人間として…。

もう海には戻れない…。マーメイド広場の人魚の像は、そうして、海面を見つめながら、穏やかな日差しを浴びていた。