佐倉ジェンダー研究所／
太陽の塔は女か男か!?＃01 太陽の塔の下で
2003年５月。薫風の万国博記念公園には新緑が眩しかった。この春から大阪大学の大学院に入学している私は、この日、空き時間を利用して、吹田キャンパスに隣接したこの万博公園を散策していた。季節柄、遠足の学校団体も多い中を歩けば、自分自身の来し方も振り返られる。
そして………、やがて私は太陽の塔のたもとへとやってきた。
33年前、この敷地でおこなわれていた日本万国博覧会。そのシンボルとも言える、岡本太郎のデザインによる巨大なモニュメントである。緑の中に屹立するその姿は、今日においても万博公園の象徴的建造物であり、千里丘陵のランドマークにもなっている。
初夏の到来を感じさせる日差しの中、記念撮影をする老夫婦の傍らで、私もそんな太陽の塔を眺めて、しばし一息をついた。
そうしてふと思った。
「……………………？」
太陽の塔は、……はたして女なのだろうか、それとも男なのだろうか??
例えばフランス語では「塔」を表すtourは女性名詞である。それを根拠にして、太陽の塔も「女である」と言うことは可能かもしれない。
しかし、学部学生時代フランス語の単位を修得するのに苦労していたころ「男性名詞か女性名詞かを覚えるのが大変です」と先輩に言うと「フフフン。ソレの上に乗ったり、ソレの中に入ったりするモノは女性名詞なんや！」というとてつもなくアダルトなアドバイスが帰ってきたのが、意外にも思った以上に役立った
（「クルマ」「家屋」などが女性名詞）ことと照らし合わせると、いささか奇異でもある。言うまでもなく「塔」はコレに該当しない。太陽の塔のように高くそびえた太長い尖形物の形状は、むしろペニスを暗喩するものであり、そういう意味ではきわめて男性的でさえある。
また太陽の塔は、万国博覧会のテーマだった「人類の進歩と調和」にちなみ、太古から続く生命の営みをモチーフにして作られている。塔の内部には生物の進化の過程を表象した構造物も設けられている
（現在は非公開だが万博当時は見ることができた）。となると、そんな力強い根源的生命力の現出は、大地の母性そのものととらえることもできるだろう。
結局のところ、「太陽の塔は女か男か!?」という命題の解は判然としない。万国博記念協会に問い合わせるという最終手段も残されているが、明快な回答が得られる保証はなく、作者の岡本太郎氏も亡くなって久しい。ゆえにこれは永遠の謎ということでよいのだろう。
そして……である。
それもこれも、今まで太陽の塔は「女か男か!?」ということが、あまり問われてこなかったからに他ならない。私もこの日まで、そんなことは考えたこともなかった。
ただ、それはじつは
非常に希有なことではないだろうか。世の中はとかく、あらゆる存在に対して「女か男か!?」を決めたがる。特に太陽の塔のように顔があり、手と思える突起もあって擬人化が可能な場合は、ほぼ逃れられないと言っても過言ではない。同じ塔でも東京タワーのような無機的な建造物ならこの限りではないかもしれないが、反面、関西空港のマスコットキャラクターが、地球から飛行機の翼が生えているというおよそ荒唐無稽なデザインであるにもかかわらず、
カンくんとクー子ちゃんという男女一対が用意されていたりするのは、「女か男か!?」の強迫観念に裏打ちされた設定にちがいない。つまるところ、それだけ
性別二元制が強固な社会なのである。
性別二元制の
背景には当然のごとくヘテロセクシズム、異性愛主義がある。世の中には男らしい男と女らしい女がいて、それ以外はありえない。そしてそんな両者こそが恋愛し、性交する。言い換えれば、そういう価値規準があたりまえのこととして流通してしまっている。
私自身、人生におけるずいぶん長い間、ソノ価値規準を内面化して過ごしてきた。その間は、それゆえの苦しみや葛藤が絶えなかった。性別二元制とヘテロセクシズムの呪縛から逃れ、自分は自分らしくしていいのだという気付きの中でようやく平安を得られたのは、ここ数年のことである。たとえ「自分らしい自分」の有り様が、現在の性別二元制にしたがった表現をすれば、生まれ落ちた性別…男…のほうと反対の側…女…の領域に存在していたとしても。
芝生広場のほうから、遠足の子どもたちの歓声が風に乗って聞こえてくる。私もそろそろ大学のほうへ戻らねばならない時間である。
大学院における女子大生としての生活は、まだ始まったばかり。しかし研究が進めば、性別二元制やヘテロセクシズムの虚構性も、きっと暴けるにちがいない。
そしてその暁には、「太陽の塔は女か男か!?」という命題に対しても、なにがしかの解答が出せるのかもしれない。
太陽の塔は、万博公園の緑の中に立って、この５月の陽を浴びつつ、人類の進歩と調和の行く末を見守り続けていた…。
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