おんなのこで長時間いるのは難しい。

化粧が崩れてくる。ヒゲが伸びてくる。詰め物をした胸が苦しい。カツラをした頭も苦しい。靴のサイズを無理しているときなどは足も痛い。

これらの障害をクリアして、フルタイムでおんなのこ化している人も世の中にはいるが、私はまだその域に達していない。

したがって今までで、おんなのこでの長時間お出かけの最高記録はせいぜい６時間程度であった。

ところが先日、おんなのこのまま東京まで行くことになってしまった。

新宿のトークライブハウス「ロフトプラスワン」で開かれる『いずみちゃんナイト３』というイベントに、スペシャルゲストとして招かれたのだ。

このイベントの主催者・いずみちゃんは雑誌『あちゃら』でも紹介された有名なトランスジェンダーで、私が彼…もとい、彼女から学ばせてもらったことも非常に多い。

また過去にも２回、同様のイベントを開催しており、そのたび大勢のトランスジェンダー仲間や関心のある人々を集め、トランスジェンダーについての啓蒙活動については、いわば第一人者とも言える。

そんないずみちゃんのイベントにお邪魔して、関東と関西のトランスジェンダー界の違いなどについてコメントすることになってしまったのだから、責任は重大である。

だがこのイベントは晩の７時過ぎから始まり、明け方の４時近くまで続くという、時間的には非常にハードなつくりになっている。はたしてそんなに長時間、おんなのこでいられるだろうか。

かといっておとこのこで出席したのでは、イベントの趣旨やそこへ私が招かれた趣旨に反する。

どうしよう。近くのホテルまでおとこのこで行って、そこで“変身”しようか…。

そうも考えたが、さんざん悩んだ挙句、案ずるより産むがやすし。と、勝手に決めて、大阪からおんなのこで行くことに決心した。

まず靴はサイズのゆったりした履きやすいものを選び、服もそれに合わせた。パンプスなどはともかく、カジュアルな靴は、メンズのものを強引に転用するということを最近している。

そして出発。やがて新大阪駅の新幹線改札を入った後、身障者用トイレでカツラを脱いだ。これを何時間もしていたら、やはり絶対にしんどいのだ。

カツラなしでは、どうしてもおとこのことしての自分を知る人に見られるとバレてしまう。しかし、今回の行き先は東京。めったに知人には出くわすまい。幸い自毛もかなり伸びてきている。そこで今回は、カツラなしで通すことにしたのだ。

結果的にはこれがよかったのかもしれない。

カツラをすると、変身したぞーっという気分は出るし、事実一定レベルの変装にはなる。だから女装初心者がカツラに頼ることは悪いことではない。しかしカツラだと、どうしても不自然な感じを醸し出してしうのも否めない。それが逆にリードされる原因にもなるのではないだろうか。

その点、自毛だと自然なまとまりで、少なくとも知らない人が見たときにはパスしやすいようなのだ。

東京駅の地下街でも、全く問題はなかった。

東京の人は、まわりの通行人には無関心ということもあるのかもしれない。

リードされるのではないか…と変にびくびくしていると、それが不自然さを醸し出して、そのために結果的にリードされるということは、たしかにあるかもしれない。

そう考えると、結局は本人が変に気にせず、堂々としていることがいちばん大事なのかもしれない。

新宿に着いてイベントに参加しながら、いろいろな人とも仲よくなったのだが、とあるネイティブ女性からは「そうだと言われなければ、女の人にしか見えない」と言ってもらえてやれやれであった。

さてイベントも終わり、時刻はまさに夜明け前。何人かで連れ立って近くの終夜営業のファミリーレストランに押しかけた。店員はいたって普通に我々に応対する。ここでビビられたりすれば、我々もそれなりの対応を迫られるのだろうが、いや、まったく慣れたものである。

だが店員が実に「慣れて」いる真の理由は、ほどなく明らかになった。

店内は始発電車が動くまでの時間をつぶす客でいっぱいであったのだが、その中にどうもネイティブ女性ではないとおぼしき女性客グループが、何組かいるのだ。

おや、お仲間かな？、と思ったものの、先ほどまでの『いずみちゃんナイト』の会場で見かけた顔ではない。“我々”とはビミョーに雰囲気が違う。

毎日お店が終わってから始発電車まで、ここで過ごすのだろう。

それならこのファミレスの店員が「慣れて」いるのも当然だ。

なるほどね。

しかしふだんはなかなか仲間がいなくて悩む人も多いけれど、こうして我々や、あのニューハーフの人たち、一緒に集まれば相当な数になるのではないだろうか。

そしてそうやって存在を世の中に対してアピールし、我々の気持ちを訴えることをしていけば、このファミレスの店員の人たちのように、これを当たり前と認識するようになり、我々がもっと住みよい社会になっていくかもしれない。

あらためてそう思いながら、新宿の夜は明けていくのであった。

再び東京駅。

地下街のトイレで化粧直しをする。化粧の大枠はさほど崩れていない。しかし、ヒゲがうっすらと伸びてきている。まだファンデーションの上塗りでなんとかなるだろう。しかし大阪に帰り着くころには限界かもしれない。個人差もあるだろうが、ヒゲは最悪24時間が限度だろう。

そして10時過ぎのひかり号に乗る。

行きと同様、車内販売などは問題なくクリア。おんなのこでいることは、まだ順調だ。

しかしブラジャーがちょっとだけ痛くなってはきている。

そうこうするうち眠くなってきた。昨夜は徹夜だったのだから無理もない。シートをリクライニングさせて一眠りすることにした。

だがここで問題発生。スカートではどうも気になるのだ。ふだん乗る電車のロングシートでの居眠りでは気付かなかったが、この新幹線のシートで足を伸ばして寝ようとすると、股が開いたら困るし、ズボンのときのように足も組みにくいし、となりの男性の視線も気になる。

…女の人は常々こういう気苦労をしていたのか。またまたあらためて気付くことになった。

そんなこんなで大阪に到着。丸一日に渡るおんなのこ外出は、こうして無事終わったのであった。